瑞宝双光章をいただいて


看護部   辻 喜美子
平成16年春の叙勲に際し栄えある瑞宝双光章を受賞いたしました。
この度徳島県看護協会のご推薦のもと、栄に浴し、5月6日徳島県庁において、飯泉嘉門徳島県知事から天皇陛下よりの栄誉ある瑞宝双光章をいただきました。これは永年看護師として業務に携わってまいりました私にとって大きな感激です。このことは(医)久仁会理事長・敦子先生・国友院長・徳島県看護協会会員の皆様・徳大病院の同胞・山上病院の皆様のご好意・ご支援をいただいたお陰と深く感謝いたしております。
 そのいただいた勲章を胸に着用上京し、5月10日厚生労働省舎にて坂口厚生労働大臣よりご挨拶を頂き、バスに分乗して皇居に参内し、豊明殿において天皇陛下に拝謁を賜りました。車窓からみる皇居の木々の緑は夜来の雨に洗われ一層映えて美しく見えました。二重橋から坂下門を抜けて豊明殿前庭へと進みました。建物の壮大さや事の重大さに、ただ呆然としていたように思います。車番号の順に昇殿し豊明殿に整列したとき初めて皇居の中に居る自分を認識し緊張いたしました。定刻通りに天皇陛下がお出ましになり慈愛に満ちた祝意とねぎらいのお言葉に感動と感激で目頭が熱くなりました。陛下がずっと受章者達の周りを周られて、車椅子の方々にお声をかけられた時、その方々は感激で号泣されていた声が耳に残っています。豊明殿前庭での記念撮影ののち、バスで皇居を後にしたとき、この受章の思いをずっしりと受け止めた実感がいたしました。このとき初めてホットした気持ちの中に同伴してもらえなかった夫を想い二度目の涙を禁じ得ませんでした。
私は、昭和33年に徳大医学部看護学校を卒業、すぐ付属病院に看護師として就職、昭和38年に結婚、一男一女をもうけ「阿呆息災」の言葉の如く元気で病棟・外来・OP室に勤めてまいりました。このうち何年かは1外科の外来にて当時外来医長をされていた国友院長と一緒に勤務させていただきました。
 外来医長とともに、患者様に必要な診察が早く終わり、入院手術が必要な患者様には出来るだけ早く元気になられるようにと心配りをしてきました。OP室に配属時にはOPが必要な救急患者様には早くOPが受けられるように対応したように記憶しています。OPの侵襲が最小となるように敏速な対応、必要物品の備え、正確なガーゼカウント等に努力したようにも思います。あっという間に大学での36年間が過ぎました。
 元気で育児に協力してくれた母は、寄る年波で痴呆状態がみられるようになり、当院にお世話になりましたが、私は半年遅れて看護師として努めさせていただき、そして早10年の年月がたってしまいました。夫太一はH13年6月、母イセノはH15年4月にお礼も申し上げられず病没してしまいました。今ここで改めてお世話になった御礼を申し上げます。
 これからも一層精進し、微力ながら看護職として、社会の人々に「求められる人」で有り続けことが出来るように努力していきたいと思っています。
 また先日に淡路のウエスティンホテルで祝賀会まで開いていただいた事もあわせて理事長をはじめ皆様に心からお礼を申し上げます。今後ともご指導の程よろしくお願い申し上げます。